【イベントレポート】「生物多様性から考える渋谷の未来」(前編)

9月27日(土)・9月28日(日)の2日間、脱炭素と気候変動解決に向けたサステナブルな取り組みを学び、楽しめる体験型イベント「みんなでつくろう再エネの日!2025」が開催されました。今回はその中から9月28日に渋谷サクラステージ3階で行われたトークセッション前半の模様をお届けします。

テーマは「生物多様性から考える渋谷の未来」。

司会進行を佐座槙苗さん(一般社団法人SWiTCH代表理事)が務め、スピーカーとして曽我昌史さん(東京大学大学院農学生命科学研究科准教授)、堀聡美さん(日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ ストラテジックデザイン部 デザイナー)、高田秀之(東急不動産 都市事業ユニット環境アセット推進部担当部長)、花野修平(東急不動産 都市事業ユニット渋谷運営事業部グループリーダー)の4名が登壇。

都市における生物多様性のレクチャーや、各社の取 り組みを発表した後、パネルディスカッションを行いました。

都市は生物多様性の宝庫?

 

佐座槙苗さん(以下、佐座):本日はよろしくお願いします。このトークセッションでは、都市の生物多様性について考えていきたいと思います。

脱炭素と生物多様性は切り離せない関係にあります。都市の人々が生物多様性の重要性を理解し、行動変容が起きると大きなインパクトにつながります。そこでまず、都市における生物多様性をどのように捉えればいいのか。曽我先生からお願いします。

曽我昌史さん(以下、曽我):生物多様性というと「希少な生きものを守る」といったイメージを抱かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、スズメなど、都市にはより身近な生きものが暮らしています。

私からはそうした身近な生きものたちが都市にいることの意味、都市の生物多様性を守ることの意義について、「生態的価値」「人間的価値」「社会的価値」という3つの点からお話したいと思います。

まずは「生態的価値」について。都市の真ん中にいるとあまり実感できないかもしれませんが、実は都市は生物多様性の宝庫です。その証拠として地価と蝶の種数の相関関係を示すデータがあります。

蝶の種数は環境の豊かさを示す指標の1つなのですが、東京、大阪といった地価の高い都市は蝶の種数が多いんですね。一方、国立公園などには珍しい蝶こそいるものの、種数はそれほど多くありません。これは日本だけではなく、世界中で当てはまる法則で、人口密度と生物種数の間には正の関係が認められています。その理由には、都市がつくられる場所が大きく関係しています。

曽我:都市の多くは気候的に過ごしやすく、川の近くなどの肥沃な土地です。そうした場所は人間だけでなく、野生の動植物も好みます。つまり、動植物にとって価値の高い場所を人間が切り拓き、都市をつくってきたんですね。都市は生きものにとってもともと価値が高い場所なので、これから生物多様性の保全を進め、環境を再生していくうえで、高いポテンシャルを秘めていると思います。

生物多様性と人の健康、生きものの未来

曽我:次に2つめの「人間的価値」について見ていきましょう。都市にはいろいろな生きものが暮らしています。そうした生きものとの触れ合いが、人間の健康にいろいろと良い効果をもたらすことが最近の研究でわかってきました。

たとえば生物多様性が豊かな地域に住むとアトピーになりにくく、メンタルヘルスにも良い影響があります。さらに生物多様性の豊かな場所には人が集まり、コミュニティが形成されるという社会的な意味での健康も考えられるでしょう。

実際に都市の生物多様性を守ることで人の健康にどのような効果があるのか。昨年ハウスメーカーと共同研究を行いました。自宅の庭に在来種中心の植栽をすると、蝶や鳥が集まります。研究の結果、そうした生きものとの接触が多い人ほど、中程度以上の鬱症状を発症しにくくなるということがわかりました。身近なところで癒しの効果が発揮されるんです。

曽我:続いて3つめの「社会的価値」は、地球の未来にとっての価値です。都市の生物多様性は人の行動変容の観点からも大切で、小さい頃に自然と触れ合った人は、大人になってから環境に対してポジティブな行動をとる傾向があることがわかっています。

温暖化対策も生物多様性の保全も、環境への取り組みは結局のところ私たち1人ひとりがどのように意思決定、行動をするかにかかっています。そう考えると都市の生物多様性は、人と自然の接点をつなぐという意味でも重要です。

都市における生物多様性の保全に今日お話した価値があるということは科学的にわかっているので、今後はその価値を多くの都市でどのように高め、広げていけるか。われわれ人間にとっても、未来の生態系にとっても大切なことだと思います。

都市緑化の推進と生物多様性

佐座:続いて都市緑化など、東急不動産様が勧めている生物多様性保全の取り組みについて、高田様からお願いします。

高田秀之(以下、高田):東急不動産の高田です。よろしくお願いします。

弊社は環境先進企業を標榜し、環境課題を包括的に捉えるという点から、「脱炭素社会の実現」「循環型社会の実現」「都市における生物多様性保全」という3つの課題を重視しています。このうち都市における生物多様性保全は、他と比べて難しい部分が多いかなと感じることはあるものの、非常に重要な課題でもあります。

弊社では2023年に不動産業界として初となるTNFDレポートを公表しました。そのレポートのなかでも示しているのですが、建物緑化の推進により建設前後を比較すると、2010年以降、生物多様性の損失から反転し、回復傾向(ネイチャーポジティブ)となっています。

また、科学的見地にもとづく生物多様性の再生評価を行ったところ、渋谷周辺エリアの15の物件で建設前後の再生効果がプラスになっていることが分かりました。今日みなさまにお越しいただいているこの渋谷サクラステージでも、7%を超える生物多様性の再生効果が確認されています。

高田:ご存知の方も多いと思いますが、SDGsの17のゴールについて相互関係を示した「ウェディングケーキモデル」というものがあります。私たちの経済活動はこのモデルの一番上の経済圏で行われていて、それが成り立つのは社会圏があるからです。さらにその社会圏は、生物圏という基盤に支えられています。都市緑化などを通じてその生物圏、生物多様性を守っていくのは、非常に大きな課題だと考えています。

今後の取り組みとエコロジカルネットワークの形成

高田:続いて現在の取り組みについてお話させてください。生物多様性というと、どうしても動植物の保全や生態系の保持が中心に目が向けられがちですが、生態系は実にさまざまなサービスを提供しています。たとえば、自然環境から芸術的なインスピレーションや心身の安らぎがもたらされる文化的サービス、私たちの暮らしに欠かせない食料や水資源などがもたらされる供給サービスも、生物多様性の側面の1つです。

都市における生物多様性保全について、緑を増やすのは確かに大切なのですが、都市に森をつくるのは簡単ではありません。そこで弊社では、こうした生態系の文化的サービス、供給サービスに着目し、都市の生物多様性を保全していきたいと考えています。

高田:具体的な方向性としては、これまで進めてきた都市緑化の取り組みを活用しつつ、都市に集まる人々に良い影響を与えていくこと。たとえば、緑地資源を活用してヒートアイランド現象を抑える、気候変動の緩和につなげる。あるいは緑地でアクティビティを行うことでコミュニティ形成に貢献する。最終的に「人に活かす」という観点から、活動していきたいと考えています。

あわせて、弊社では広域渋谷圏におけるエコロジカルネットワークの実現を目指しています。広域渋谷圏には代々木公園、明治神宮など緑豊かな環境があり、弊社はこのエリアで40棟を超える施設を運営しています。その緑化を進めることで、施設が生きものの移動の中継地点を担う、エコロジカルネットワークを形成していきます。



高田:もちろんこれは1社だけでできることではないので、行政やパートナー企業と連携して進めていきます。たとえば、キユーピーさん、渋谷未来デザインさんを中心とした「SHIBUYA URBAN FARMING PROJECT」という都市農業のプロジェクトに、弊社も参加しています。都市農業は自然から食べ物を得る供給サービスという側面だけでなく、参加を通じて文化的サービスを享受することで、Well-beingにもつながると考えています。

以上を踏まえ、弊社の活動は「GREEN UP&COOL DOWN」プロジェクトとして今年度から本格的にスタートしました。今後は都市ならではの生物多様性という視点から、Well-being、気候変動、コミュニケーションという3つの要素を具体的な施策に落とし込んでいきます。さまざまな施策を同時多発的に渋谷エリアで展開することで、渋谷を「ここに来ると気持ちいい」と感じていただけるまちにしていきたいですね。

-次回はトークセッション後編の模様をお届けします。お楽しみに。